ユリへ
この手紙を君に届けたいと心から思っている。けれど、僕には君の居場所がわからない。今、君はどのあたりにいるのだろう? もうイーウェスの国境は通り過ぎたと思うけれど、ニム・ダフルのどこかだろうか。アドアナフィールドは通っただろうか。あのあたりの復興は始まっているのかな。大戦前はとても美しくて、ベリーやたくさんの花が植えてあって、春先に訪れたがる人も多かった場所なんだよ。町はとても小さいんだけれど、都会人はそういう夢見ている田舎暮らしを数日体験したがるものなんだ。
何にしても、君が見た景色を、僕も見ることができないのはとても辛いことだ。君を責めているわけじゃないんだ、ただ、僕は寂しいってことを伝えたいだけなんだ。
昨日は二つ隣のご婦人がうちを訪ねて、たくさんのジャムをくれたんだ。覚えているかい? ここの家に来てすぐに僕たちのところにやってきて、あれこれと聞いてきたお話好きのご婦人さ。君はさっさと僕に任せて部屋に入ってしまって。とにかく世話好きなんだろうね。そのときはブルーベリーがたくさん採れたからって作ってくれたんだ。ジャムは美味しいんだけれど、僕一人じゃとても使いきれなくて、でも君がいつ帰ってくるかわからないから、悪くなってしまう前に使い切る方法を色々と考えているんだ。お菓子だけじゃなくて、料理のソースに使えないか、とかね。おかげで創作料理の腕はそこそこに上がったと思うよ。君の好きな魚で、ムニエルを作ってあげたいな。ちゃんとご飯は食べているのかな。君を子供扱いしているんじゃないよ。わかってくれているよね?
庭で育てているものたちは順調に育っているよ。それ以外に僕がすることといえば、散歩と、誰なのかも覚えていないような人たちからの手紙やら書類を片付けて、家を掃除したりとか、そんな繰り返しさ。たまに、同じ隊の人たちからも連絡が来るんだ。法事が済んだ連絡もあれば、故郷で結婚したとか、子供が生まれたとか。あぁ、祝儀とかは僕の貯蓄の方からうまくやりくりしているし、君が帰ってから心配することは何もないからね。していないと思うけれど……。
街の復興は思っていた以上に進んでいるんだ。却って僕なんかは力もだんだん出なくなって、役立たずな気分にさせられてしまうよ。それでも街の人たちは親切なものだよ。僕に、生活は不便していないかってあれこれと聞いてくれる。こうやって差し入れもしてくれるわけだし。でも、やっぱりあまりいい気分ではないこともあるんだ。僕は元々戦線を退いた兵士で、その見舞金も出ているだろう? 僕がろくに仕事をしていなくても、その見舞金でいい暮らしをしているって噂されるのはね。
実のところ、少しばかり家でできる仕事をしているんだ。ちょっとした書類仕事だよ。軍の伝手でね。でも本当のところ、ここで出来る仕事ができたらいいなとは思っているんだ。机に座って、どこかの軍部とか事務所の雑用じゃなくて、ここの復興とか発展に役立てる仕事を。そのうち子供たちに勉強を教えられたらとか考えたんだけれど、子供の相手というのは何よりも体力が必要だからね。あぁしたらどうだろう、と考えてはすぐにだめかなって、暇があるとそんなことばかり考えてしまうんだ。
それに、こんな日が続くと、あの戦乱の日がとても昔のようにも思えてくるよ。退屈な日々は美しくもある、けれど、そうだと気付くのは、一度奪われてからだ。先人たちがずっとそれを伝えてきたはずなのに、同じことを繰り返してばかり。あぁ、そういえばこの間出版社から手紙が来たんだ。あなたが戦いの中で経験した話を聞かせてください、って。美談にされるなんてまっぴらだよ。唯一言えることは、君に出会ったことくらいだ。なんて言ったら、君は苦い顔をするのかな。とにかく、僕は断ったんだ。何も話せることはないって。それからは連絡は来ていない。
正直に言うとね、僕は君に帰ってきて欲しいんだ。君の意思を尊重したい、だなんて格好つけたことを言って送り出したけれど、やっぱり、そう思ってしまうんだよ。僕を連れて行けないのはわかっているんだ。それに、君が僕のために旅をしてくれていることも。でも、残された日が多くないのなら、僕は君に居て欲しいと思う。君がこれを読んだら、諦めてるって怒るかな。でも本心なんだよ。ドアを叩く音が聞こえると、ふいに君が帰ってきたんだと期待してしまう自分がつらいときもある。何もなくたって。
また手紙を書くけれど、君に送れないから、どうしようかなって思ってるんだ。もし僕に何かあったら、これが君に遺せるものになるけれど、そのときまでに君は僕の書く言葉が読めているかもわからないし。だから、早くに帰ってきてほしんだよ、ユリ。君を出迎えて、留守の間こんな手紙を書いていたんだって、君に聞かせるから。君の国の言葉で書きたいんだけれど、すごく難しいし、辞書は君が置いていった古いのが一冊だけで、それだけだとつぎはぎの言葉しか書けないんだ。僕の言葉にならないんだよ。
でも、なによりも、君の安全を心から願っている。君が強いことは、誰よりも理解しているけれど。それじゃ、そろそろベッドに入るから、今回はこれで。夜はまだ冷えるんだ。
また手紙を書くよ。君が読んでくれますように。できれば君自身か、僕が読み上げて伝えられますように。