スモークブルーのピックアップトラックは、今日も軽快に晴天の下、そして泥濘の道の上を走っていた。時折踏みつける小石に、荷台はがたことと音を立てる。荷台の上には、覆いを掛けた彼らの商品が積まれており、その間に寝そべっている男は静かな寝息を立てていた。いたるところに傷跡を作った、がっしりとした褐色の体を時折窮屈そうにしながらも、男はまさに昼寝日和と言わんばかりに空に腹を向けて眠りこけている。
運転手の方は、小さく歌を口ずさんでいた。白髪の混じった髪を整え、さっぱりしたシャツにベストを羽織っていた。運転手は席の窓を開け、右肘をドアにひっかけて片手でハンドルを握っている。道は決して良いとは言えないが、吹いてくる風は気分を軽くさせてくれる。それに、こんな道はすでに彼らには慣れっこだった。見渡す限り、荒野が続いている。よく見れば少し道を外れたところに、建物の跡らしきものが見える。建物、とはいえどもすでに焼け落ちており、残っているのはわずかな木片が壁を為していたのだろうと窺わせる程度だ。この辺りも、先の戦役で消えてしまったのだろうか。運転手はがたつく道にハンドルを取られないようにしながら、道の先を見つめては、退屈を誤魔化すように適当な歌を口ずさんでいた。
すると、後ろから「こん、こん」とはっきりと聞こえるノックがあった。運転手は返事をするように、窓から手を伸ばすとドアをこん、と一回叩いた。荷台の上の目を覚ました男は、じっと空を見上げたまま、拳をかるく振った。音は三回あった。運転手は再びノックを一度返すと、窓を閉めた。荷台の男は、何事もなかったように、再び目を閉じた。運転手は口ずさむのをやめて、窓を閉めた。
似たような景色が続いていたが、道の両脇に人の姿を見つけると運転手は速度を緩めた。立っていたのは両手に銃を持つ、三人組の男だった。一人が片手を上げて道の前に立ち塞がった。
運転手は顔色を変えず、片手を挙げて応えると車を停めた。男の一人が運転席を覗き込み、窓をノックした。運転手はそれが意味する通りに、半分ほど窓を開けた。
三人組の男は、全員同じ服装をしていた。擦れた紺色のジャケットを羽織っており、腕には腕章が付けてあった。運転席を覗き込んでいた男は、窓をつかむと身を乗り出すようにして口を開いた。
「何の用で来た」
「私たちはただの行商人です。あなたがたは?」
運転手は愛想のよい笑みを浮かべながら、素早く三人を見渡した。
「警備兵だ。見ればわかるだろう」
男は見せつけるように腕を前に持ってきた。腕章をしげしげと眺め、運転手は一瞬冷めた顔をしたものの、すぐににこやかな顔を向けた。
「なるほど。イーウェスの軍の人でしたか。警備をされているということは、このあたりにはまだ復旧作業中の市街でもあるのですかな? だとしたらこれほど有難いことはございません。商売を、ということでもありません。ただずっとここのところ運転続きでしたから、ちょっとばかし休めるところがあればと思いまして」
「通行料を払ってもらおう」
運転手の会話を遮るように、男はむすっとして言った。
「通行料?」
「そうだ、通行料だ。俺たちはこのあたりを警備しているが、その報酬はここを通る者たちからの通行料で賄っている」
「それはなんともご苦労をされているようで」
運転手は肩を竦めた。すると、男の手は窓の内側に伸びた。それを避けるように、運転手はさっと身を引いた。
「おっと失敬。しかし、奇妙ですねぇ。警備といってもこんなだだっぴろい荒野をたった三人で、とは。相当に人の通りがないか、よっぽど腕の立つ方々なのか」
「御託はいい、通行料を」
「まぁまぁ、私とあなた方しか居らんのです。渋滞しているわけでもありませんから、そう怒らずに。あなたがたはどちらから派遣されているのです? グランニスタ? それともフリオフォーン? 部隊長は?」
「通行料を!」
男は語気を強めた。車の目の前に立っている男も、苛立ったように銃身に手を置いている。もう一人は、助手席から荷台までをうろついている。運転手は息をゆっくりと吐き出すと、窓に手をかけている男を睨み上げた。
「その軍服はどこで拾った、小僧共」
「なんだと?」
「腕章はモーリス隊のものだ。死体漁りを咎めるつもりはないが、私はお前たちのような小賢しい強盗は大嫌いでね」
運転手は先ほどとは打って変わって、冷ややかな声で言った。男たちは顔を見合わせたが、運転手に視線を戻した瞬間にぴたりと動きを止めた。彼の手には拳銃が抜かれており、それが窓に立っていた男の額からわずか数ミリというところで構えられていたからだった。
「黙って通すというのなら、銃を下そう」
銃口の冷たい息遣いが男の額に触れている。男は震える足取りで数歩下がったものの、とっさに助手席側に立っていた男が銃を持ち上げた。運転手の男はその気配を背後に感じ、小さく首を横に振った。
「残念だ」
すると、荷台を弾ませるほどの勢いをつけて、傷跡だらけの男が飛び出した。助手席に立っていた男が振り返る間もなく飛びかかると、思い切り握り拳で顔面を殴りつけた。それに驚いて、車の正面にいた男が彼に向かって引き金を引いたものの、狙いはまったく定まっておらず、銃口は空を向いたまま火花を散らした。その反動で尻餅をつき、銃は地面に転がる。
運転手の前に立っていた男はその突然の動きに一瞬気を取られた。その瞬間、運転手は勢いよく扉を開けた。うわ、と悲鳴を上げて男は倒れ、運転手は静かに車から降りて、銃口を下ろしていた。
警備の男は、運転手を見上げたまま動けなくなっていた。口を半開きにしたまま、足に力が入らなかった。どういうわけか、その運転手の佇まいに圧倒されていた。銃を構える姿も慣れていたようなもので、こうして見れば行商人ではなく老練な兵士にも見えた。
「君に尋ねたいんだが、金を払えない奴はどうしていた? 殺したか?」
すぐ近くでは、大柄な男が警備兵を一方的に殴っている。震えて声もろくに出ていなかった警備兵の足元で、ぱん、と爆ぜる音が響いた。その音が運転手の銃口から発せられたものだと理解した瞬間、ぞっと寒気が走った。
運転手が一歩進んだ。
「か、金が払えないのは、何人かしかいなかった! そいつらは、引き返させた、本当だ! お、俺たち、誰も殺しちゃいないし、金以外は無理に取ったりしてねぇ!」
運転手は静かに、冷徹な目で男を見下ろしていた。彼が目を伏せると、男はぐっと泣き出しそうな顔を堪えて声を張り上げた。
「あ、あんた軍人だったんだろ! 偉そうに、俺たちに説教しやがって!」
その言葉に、運転手は頬をぴくりと動かした。大柄な男も、ぴたりと手を止めて運転手へと視線をやる。
「ここ、ここはぁ! 俺たちの村だった! 俺たちの故郷だ! 軍人は、守ってくれなかった! 俺たちはあんたらを、し、信じていたのに! たくさん死んだ! みんな、みんな待ってたのに!」
運転手は向けていた銃口を下げた。男は泣きじゃくりながら、その手に掴んだ泥を運転手に向かって投げつける。泥の塊は男のスラックスにべちゃりとこびりついた。大柄な男が立ち上がり、拳を構えたが、それを黙って制した。運転手はポケットに手を突っ込むと、男の目の前に放り投げた。ピンで留めた紙幣だった。
「償いはできない」
運転手はそう言うと、向きを変えて運転席に乗り込んだ。大柄な男も、ずんずんと歩き、銃を持つ男たちを怯ませるほどに睨みつけると、荷台に乗り込んだ。車は男たちを避けるように走り出す。彼らはもう追いかけてこなかった。運転手、ヘンリー・イヴニングスターはアクセルを踏み続けた。荷台に寝転んだウインターは、両腕を頭の後ろで組んで、じっと空を見上げていた。
運転手の右足には、泥がこびりついたままだった。
※ピクスペでの展示作品を一部直して掲載