ボスに呼び出された私は、若干緊張しながらデスクの前に立っていた。ボスの愛想笑いを見た職員は少ない。いや、もしかしたら誰一人としていないのかもしれない。私も、職場で同僚のトマリほど大声で笑ったり、感情っぽくなることはないのだけれども、ボスの表情というのは、絵画のように変わることはない。銀色の髪を右側に流して小さくまとめ、審査官の制服でもある真っ白のスーツの襟元には銀色のバッチをつけている。それが、ボスの証だ。いつも背筋を伸ばし、規則正しく歩く姿を見れば、ボスが機械だと言われても誰も驚かないだろう。
ボスの部屋は、白と銀色で作られている。私たちが着ている審査官の制服も、この風景に溶け込んでいる。
けれど、ボスの近くにソファに腰掛けている黒のスーツは浮いていた。見たことのない人物だった。背の高そうな、肩幅の広い中年の男だった。背筋を伸ばし、悠々と足を組んでいる。黒髪の中に、一房ほど灰色が混じっていた。
「こちらはグスミ氏」
ボスは淡々と、ソファの男のことを紹介した。この街から少し離れたところにある、とある街の警官だという。男はどうも、とにこやかに笑い、手を差し出した。私はその挨拶に応じたが、なぜボスがこんなときに私を呼びつけたのかがわからなかった。施設の案内はまた別の職員の担当であって、私の仕事でもなかったし、そんな非効率的なことを、ボスが言いつけるはずもない。
「君に、一つ仕事を頼みに呼んだ」
ボスは静かに切り出した。
「はい」
頼み、とは言っていても、ほとんど拒否権はない。ボスじきじきの仕事、なんていったら。
「グスミ氏の街で、凶悪な殺人犯が逮捕された。その殺人犯を、我々の機関で審査してほしいとのことだ」
グスミと呼ばれた男は、にこりとしながら頷いた。私は思わず眉をひそめた。
「死刑を代行してほしい、ということでしょうか」
私たちの街では、誰でも審査の対象にする。ただし、ある程度の条件は存在する。対価を支払えることと、その意思が堅いこと。これらの条件を確認するために、私たち審査官は存在している。
「あなたの懸念されていることは、十分に承知しております」
グスミはにこやかに私に説明し始めた。警官というよりは、時折見かけるテレビショッピングで、何かの高級品を扱っているセールスマンのような話し方をしている。
「ですが、犯人であるその人物は、自らこの街で審査にかけてほしいということなのです。つまり……自らの刑期を、ここで終わらせてほしいということです。それは、本人の希望でありますから、あなた方が不安に思われることは、何一つございません」
私はボスを一瞥する。「だそうだ」と短く言っただけだった。ボスもこのことは承知してのことなのだろう。私は小さくため息をついた。
「ボスが了解しているのなら、私から特に言うことはありません。ただし、相手が殺人犯だろうとも、我々は我々のやり方で審査を行います。それでもよろしいですね」
「もちろんですとも」
契約成立、というところだろうか。男は軽快な動きでソファから立ち上がった。
「私は一度街に戻り、審査対象をこの街に連れて来ます。審査期間中は私もこの街に滞在したいのですが、問題はございませんね」
「えぇ」
ボスはそっけなく答えた。男は満足そうに頷くと、私たちに一礼して、部屋を後にした。
「君の評価は悪くないと聞いている。これまで通りの審査を行うように。ただし、この件については、他言無用とする」
私は、はい、と質問なしに答えた。ボスはそれ以上何も言わなかった。私もすぐに部屋を後にすることにした。
デスクに戻ると、トマリがちょうど席を外していたので、どこかほっとした。ボスからの呼び出しというものは、大抵いい意味を持たない。きっと、嬉々として私が何かをしでかしたのかと聞いてきただろう。