寄せ植え/旅人

2021/01/09

10_Sample

 旅人はゴールドマンが宿泊することになった部屋の扉を開けた。二階にある部屋数はたったの三つ。他二つは締め切ってあり、ゴールドマンの部屋はわずかに開いたままになっていた。暖炉付きで、簡単な木製の調度品がそろっており、大通りに面した出窓も開け放っていた。旅人は扉をノックした。
「マスターが、忙しいみたいですので、ウイスキーお持ちしました」
 ゴールドマンは泥まみれの靴を履いたまま、ベッドに腰掛けていた。扉のすぐ近くにあったテーブルの上に、旅人はウイスキーボトルとグラスを置いた。ゴールドマンは不機嫌そうな顔をしていたものの、彼が入って来ても睨みつけただけで、顔を背けた。旅人はにこりと微笑み、薬籠を下ろした。
「お酒をたくさん飲まれるんですね。二日酔いはお辛いでしょう。よろしければ、酔いに利く香がありますから、試してみませんか?」
 薬籠の扉を開き、引き出しから細身の香皿と、青色の線香を取り出した。すると、ゴールドマンは再びむっとした顔をした。
「酒を置いたらさっさと出て行け、そうやって売りつけるつもりなんだろう。お前みたいな腐った商売人は嫌ほど見たわ!」
「まぁ、そう怒らないで」
 旅人は首を竦めた。
「お代なんていりませんよ。よければお話を聞いてみたいと思ったんです。それ、ロンウェンの呪術師が先の戦争で身につけていたものでしょう? どうしてあなたの手にあるのかと思って」
 旅人は香をテーブルの上に置くと、ウイスキーをグラスに注いで、ゴールドマンに差し出した。彼は警戒しながらも、ぐいとそれを飲み干す。
「そんなもん知って何になる?」
「僕なんか、戦争も知らない小僧ですから。戦争に従事して生き残った人間は大抵英雄でしょう? 旅の身ですから、そういった人たちの話を聞くのも、大事なことかと思いまして」
 旅人の言葉に、ゴールドマンは鼻で笑った。だが、先ほどまでの不機嫌そうな表情はなく、にやにやとした笑みを浮かべていた。
「お前はまだ話がわかるじゃねぇか。あぁ、そうとも。俺はあの、アドアナフィールドの戦いでな、ロンウェンの『まじない師』っていうのをいっぱい殺してやったんだ。これはな、その勲章をもらうために、取っておいてんだ」
「そりゃすごい」
 旅人はじっと、金の円に糸を編み込んだ文様をじっと見つめた。
「だがな、そんなことも知らずに、この街の奴らはみんな、俺のことをこんな扱いにしやがって」
「行った身でなければ、わからないこともありますよ。それじゃあ、お話聞かせてくれて、ありがとうございました。おやすみなさい」
 旅人は行儀良く一礼すると、薬籠を背負い、扉を閉めた。階下に降りると、すでに食堂の方に残っていたのは、従業員の二人だった。
「どうでしたか?」
 マスターが不安げに尋ねる。
「大丈夫でしたよ。あの人、軍隊に入っていたんですね」
「えぇ、兵役についていたときの縁らしくて、今は近隣の街からの復興隊や作業員の方達の案内役をやっているんですけれど……」
「でも、あれって嘘が多いと思うんです。たくさん人を殺したって威張っているけれど」
 マスターの言葉に続いて、女は小さい声ながらも強い口調で言った。
「だって、郵便局のおじさんが言っていたんです。少し前に、元軍人らしい旅の人がいて、アドアナフィールドにいたロンウェンの呪術師、ゴールドマンが言っている数と違うって」